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皆様はひょっとして、世の中の事はすべて偶然の重なりであり、それを自分の知恵と力で、災難が降りかからないように、自分や家族が幸せになれるように、あらゆる努力を傾けるのが人生だとお思いではないでしょうか。 |
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延命十句観音経のすすめ |
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この延命十句観音経は、どこでどのようにして成立したのかもよく分からないお経です。ところが、江戸時代の名僧である白隠禅師が、ある不思議な因縁でこのお経の功徳を人々に説かれるようになると、様々な奇跡が起こりました。瀕死の病人が治ったり、死人が息を吹き返したり、気違いが正気に戻ったり、悪霊が離れたり、盲人の目が開いたり、絶体絶命の危機を免れたり、その他数々の不思議なことが、このお経を信じた人々の間に起こったのです。(詳しくは拙著『光輪 第一集』をお読みください) 私もこのお経を長年信仰してきましたが、読めば読むほどありがたいお経で、今では、現代を救うものはこのお経をおいて他には無いと思っています。 次にあげるのは、私が朝晩お勤めしているものです。詳しくは毎月11日に行っている延命十句の会へおいでください。 |
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観 世 音 菩 薩 の 功 徳 |
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1.妙蓮清浄 観世音菩薩は手に蓮の華を持っていらっしゃいます。汚い泥の中に根を下ろして、そこから清らかで美しい花を開く蓮の華のように、この世の醜く汚い悪や罪をことごとく浄化して、その中から真実の喜びを与えてくださるのです。如何なる悪も如何なる罪も、観世音菩薩の浄化のお力によって、魂のすばらしい進歩の糧と化していくのです。
2.大威神力・大妙智力 人間の力ではどんなにあがいても逃れる道のない難局や苦悩を、観世音菩薩は必ず救い尽くしてくださいます。ところは人々はそのお力を信じず、難局の力の方が観世音菩薩のお力の方が強いように錯覚してあきらめてしまったり、浅はかな人間の知恵に頼って底無し沼のような苦しみに沈んでいくのです。人間の力ではどうすることもできないからこそ苦しみ悩むのです。人間の力ではどうすることもできないからこそ観世音菩薩大慈悲の大威神力を信じ、その妙智力に任せ切るとき、例外のない絶対の救いが必ず実現するのです。
3.現世浄化 観世音菩薩は冠の中に阿弥陀如来の像を頂いていらっしゃいます。阿弥陀如来の極楽浄土は、死後の世界でしか会うことができませんが、観世音菩薩は、その浄土をこの泥まみれの現世の中に花開かせようと、一切時一切処に全身全霊で働いていらっしゃるのです。菩薩を信仰している人は、いつか必ずこの世ながらの極楽を感受することができるようになるのです。そして死後も勿論、み仏の浄土に導いてくださることは言うまでもありません。
4.普門示現 観音経には、観世音菩薩は人々の個性や特質に従って、ある時は仏の姿になり、ある時は神々の姿になり、ある時は様々な人間の姿となり、ある時は悪魔となり、ある時は動物の姿となるなど、あらゆる姿に形を変えて教えを説き、真実の世界へ導いてくださると書いてあります。観世音菩薩を信じる者にとっては、世の中のありとあらゆる存在は菩薩の姿であり、周囲に起こるあらゆる出来事あらゆる声はすべて菩薩の説法なのです。また、あらゆる宗教は、それが正しい教えである限り、すべて観世音菩薩の救いの形なのです。
5.福聚無量 観音経には『一切の功徳を具し、福を聚むること海のごとく無量なり』とあります。私達がこの世の中で求める愛も、富も、名声も、欲望の満足も、その本質はすべて幻ですから、必ず最後には色あせたり消えたりして、求めても求めても心は満たされず、魂は飢え乾くのです。私達の魂がその奥底で本当に求めているものは、すべて観世音菩薩の中にあるのです。観世音菩薩の中にしかいないのです。観世音菩薩の与えてくださるものだけが真実なのです。生活のすべてを挙げて観世音菩薩に帰命する時、私達の魂は初めて完全な充足に満たされるのです。
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